クラブ 青い旗

まぁ、いらっしゃいませ。このクラブにお越しくださるなんて、あらホモぉ〜、アンタ?そういうアタシもホモだけどさ。おホホホ^^  ま、せっかく来てくれたんだからたっぷり遊んでって下さいまし!

伝説のオカマ

  1. 2006.
  2. 11.
  3. 17
  4. (Fri)
  5. 00:30
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 ウェブサイト'All About'の歌川 泰司さんのページ見てたら、思いがけず懐かしい名前が。

 青江のママ

 もちろんお店に行ったこともないし面識もないけど、アタシが中学生のころはよくTVに出てらして勝手に親しみを覚えてたの。とにかくおもしろい人だったわ〜!ヘタなお笑い芸人より大笑いさせてくれたっけ。’やすきよのスター爆笑Q&A’って番組だったかしら。ゲストで出てらした時なんて最高だったわ。

 今ではすっかりいい人キャラになってしまったけど、当時の日本人みんなが憎んでた女子プロレスの悪役・ダンプ松本が、いまだにトホホキャラで売ってる野々村真を「テメェ、ブっ殺してやる!!」とかなんとか言って追っかけ始めたの。そしたら和服姿の青江のママがスタスタぁ〜と出て来て「アタシの真に何しやがんでえぃっ!」って啖呵切ってダンプ松本の前に仁王立ち。化け物対決はいかに!ってワクワクしてたら、チャララァ〜ってノーテンキなBGMが流れてそのままCMへ。取り残されたアタシはワケわかんない展開に大爆笑したものだわ。

 それからいつの間にか消息が分からなくなって・・・ふとした拍子に思い出して「もうお亡くなりかしら?」なんて心配してたんだけど、歌川さんによると今でもご存命で、老人ホームで幸せな余生を満喫されているとのこと。どうぞ長生きなさってね

 青江のママと同年代かどうかは知らないけれどもうお一方、忘れられない大先輩がいるの。多分ご存知の方も多いはずね。新宿2丁目はクロノスのママよ。

 アタシが社会に出たての頃、20代半ばで初めておにちょにデビューしたとき。どこのお店に行ったらいいのかもわからず、道行く人つかまえて尋ねたの。「映画のお話ができるバーはありますか?」

 そして紹介されたのがママの店。扉開けた時は正直ショックだったわぁ・・・だって、墓場から這い出てきたようなお客さんばっかりだったんだもの。ママも「ババァばっかりでごめんなさいね。」な〜んて言って。気を使って下さったのかしら、それから映画のことはもちろん、演劇界のエピソードみたいなことまでおもしろいお話い〜っぱい聞かせて下さったの。言葉使いもとっても粋な感じで、その時やってた和田誠の展覧会を「ちょいといいのやってるから見に行ってごらんなさい。」って薦めて下さったっけ。伏見憲明さんが近くの席に座ってらして紹介して下さったけど、有名人に弱いアタシは緊張しまくってまともにお話もできなかったわ。ほんとはいろんなお話してみたかったんだけど。アタシもほんとに若かった。いい思い出だわ。

 地方に住んでるアタシはたまにしか2丁目に行けなくて、数年前にママのお店に行ったらもう閉店されてたわ。それからはママがどうなさってるか知らないの。クロノスのママの消息、ご存知の方ぜひ教えて頂戴な!

 アタシが住む街にもね、お一人素敵な方がいらっしゃるの。齢70を少し越えたぐらいかしら?とにかく映画がお好きでほんとにいろんなこと教えて下さるの。梨園にもご縁のある方で、歌舞伎のいろんなエピソード聞かせて下さったり。おまけに戦後間もないころからのゲイシーンでも経験豊富な方で、おもしろいネタを小出しにいろいろ話して下さるの。

 デビュー前の美輪様、’臣吾’の頃のエピソードやジャン・マレーと呑んだ話、中村歌右衛門の芸談・・・聞いてるアタシも伝説の瞬間に立ち会ったような気になれてほんとにワクワクするわ。

 夜毎ゲイバーで交わされる、一見なんでもないような会話。でもアタシはこれを文化だと呼びたいわ。酒呑みながら一人のオカマが自分の宝石のような経験を後輩のオカマに伝える。時が経てば誰もが忘れそうなこと。価値がなくなりそうなこと。でもその時代、その瞬間にはとてつもない輝きを放っていた出来事。それを次の世代に伝承するという行為は立派な文化だわ。ゲイの世界に限定することじゃないけどね。貴重な経験、素敵な出来事は伝えてかなきゃだめだと思うわ。

 アタシ、いつもそんなこと思ってるわけじゃないけど、しばしば若い子達にだ〜い好きな昭和エンターテイメントの素晴らしさを嬉々としてしてるわ。でも誰もまともに聞いてくれやしない。一人よがりな痛いオカマだわ・・・

 まず話術を磨くこと。これがアタシの課題ね。話術も文化ですものねぇ・・・